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東京高等裁判所 昭和54年(行ケ)120号 判決 1982年2月24日

原告

ゼネラル・エレクトリツク・コンパニー

被告

特許庁長官

主文

特許庁が昭和49年審判第650号事件について昭和54年3月7日にした審決を取消す。

訴訟費用は、被告の負担とする。

事実

第1当事者の求める裁判

原告は、主文同旨の判決を求め、被告は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求めた。

第2当事者の主張

(原告)

請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告は、名称を「研削といしの製造法」とする発明(以下「本願発明」という。)につき、1969年12月16日アメリカ合衆国においてした特許出願に基づく優先権を主張して、昭和45年11月30日特許出願したところ昭和48年10月5日拒絶査定を受けたので、昭和49年2月4日審判を請求した。この請求は昭和49年審判第650号事件として審理され、昭和52年12月15日出願公告がされたが、その後特許異議の申立があり、昭和54年3月7日特許庁は、「本件特許異議の申立は理由があるものとする。」との決定をすると共に、「本件審判の請求は成り立たない。」との審決をなし、その謄本は同年4月2日原告に送達された。なお出訴のための附加期間を3か月と定められた。

2  本願発明の要旨

立方晶形および/または6方晶形窒化硼素粒子のある量に、金属の被覆を付与し、金属が被覆された粒子の30―80重量%を構成するようにし、上記被覆粒子を樹脂材料と混合し、高温および高圧で鋳型中で研削といしの研磨面として被覆粒子―樹脂材料混合物を形成させることによる焼入鋼および鋼合金用研削といしの製造法において、被覆金属をニツケルとし、冷却する前に、成形工程を一定圧力で保つための加圧を継続せずに加圧を停止させて行ない、次いで冷却して混合物を鋳型から取り出すことを特徴とする焼入鋼および鋼合金用研削といしの製造法。

3  審決の理由の要点

(1) オランダ国特許出願公開第6817421号明細書(以下「引用例1」という。)にはボラゾンに対する被覆金属として数多く例示されているが、その中にニツケルも含まれているので、ボラゾンをニツケル被覆することは右引用例に一応示唆されていると認められ、(2)また、研磨剤としてきわめて通俗的なダイヤモンドや酸化アルミニウムにニツケルを適用した例が従来知られているから、研磨粒子として共通の目的を有する点を考慮すれば、ニツケルをボラゾンの被覆金属としてとくに選択することは当業者にとつてとくに困難であるとすることはできないし、(3)また、本願発明の焼入鋼および鋼合金に対する作用効果は、無被覆のものと比較した場合は別として研磨粒子としてボラゾン、被覆金属としてのニツケルの各構成要素のもつ研削特性から予測される程度のものであつて格別顕著なものとは認め難く、(4)引用例1に記載された圧力一定法の代りに容積一定法を適用する点に関しては、米国特許第3518068号明細書(以下「引用例2」という。)に記載されているように、容積一定法は研削といしの製造法として古来行なわれてきた周知の技術と認められ、またそれによる作用効果も格別顕著なものがあるとは認められない。したがつて、本願発明は引用例1の記載に基づいて当業者が容易に発明することができたものと認められる。

4  審決の取消事由

1 審決は、引用例1の技術的事項の認定を誤り、そこに開示の事項を不当に拡大している。

審決によれば、引用例1にはボラゾンをニツケル被覆することが示唆されているというのである。

しかしながら、引用例1は、一応ダイヤモンドとボラゾンを対象とするとはいうものの、実質的技術としての開示は専らダイヤモンドのみに終始しており、ボラゾンについてその研削性能を向上させるための手段についての具体的技術の開示は皆無である。一般に、研削といしの性能及上のための手段は、個々の研削材料の種類、その用途等において著しく相違しており、予測は不可能なものであるから、ダイヤモンドについての開示があるからといつて、直ちに、ダイヤモンドとは物理的、化学的に全く異質のボラゾンについての発明も開示されているとすることはできない。

すなわち、引用例1には、ダイヤモンドはともかくとして、ボラゾンを研削粒子として用いた場合の研削特性を向上させるための技術は開示も示唆もされていないのであるから、審決の認定は誤りである。

2 審決は、本願発明の技術分野における予測性の認定を誤つている。

審決によれば、ニツケルをボラゾンの被覆金属として選択することは当業者にとつて特に困難とすることではないというのである。

しかしながら、本願発明の特許出願当時において、ボラゾンを用いた研削といしの研削性能を高めるにはどうしたらよいかについては、具体的手段は勿論のこと、大凡の指針さえも示唆したものはなかつたのである。事実、本願発明の発明者も本願発明の完成に至るまで極めて広範囲にわたる各種の方法及びその組合せについての研究、実験を余儀なくされた。これらの研究、実験は未知の分野への挑戦が必要とされたものである。これは、本願発明の特許出願当時(そしてその後においても)、ある特定の手段がある特定の種類の研削といしの、特定の用途についての研削性能をたまたま高めることができたとしても、その機構、原因が理論的に解明されていなかつたことにも起因する。

したがつて、審決の前記認定は誤りである。

3 審決は、本願発明の奏する顕著な作用効果を看過している。

本願発明は、無被覆のボラゾンにそれ自体研削特性をもたないニツケルを被覆することにより、本願発明の明細書に記載のように、ボラゾンの研削性能を驚異的に(場合によつては、研削比において実に2010%も増大する。甲第3号証第4頁第2表)増大させ、従来ほとんど用いられていなかつたボラゾンの工業的使用を一挙に可能ならしめたものであつて、その作用効果は極めて著大である。

審決は、この著大な作用効果を看過している。

4 審決は、本願発明と引用例記載のものとの対比判断を誤つている。

審決によれば、引用例1に記載された圧力一定法の代りに容積一定法を適用することについては、引用例2に記載されているように、容積一定法は研削といしの製造法として周知の技術であり、それによる格別顕著な作用効果も認められないから、本願発明は引用例1の記載に基づいて容易に発明をすることができたものであるというのである。

しかしながら、本願発明において容積一定法を採ることは、本願発明の他の要件、すなわち、(a)ボラゾンを研削材粒子として用い、(b)ボラゾンをニツケルで被覆するという要件との結合において意味を有するのである。研削といしの製造において容積一定法が周知の事項であつたことは原告も争わない。しかしなわがら、右(a)及び(b)の要件との組合せにおいて容積一定法を採ることは知られていなかつたのである。審決は、引用例2を引用して容積一定法が周知の方法であつたとしているが、右引用個所はダイヤモンド、しかも無被覆のダイヤモンドを用いた研削といしの製造に関するものであつて、本願発明とは関係がない。他方、引用例1は、専ら圧力一定法を示しており、しかも圧力一定法でなければならないとされているものである。したがつて、このような教示に反し、圧力一定法の代りにわざわざ容積一定法を採ることは、格別合理的な根拠のない限り、当業者の容易に想到できることではない。この点を全く無視して、容積一定法を要件とする本願発明を引用例1の記載に基づいて容易に発明することができるとした審決の判断は誤りである。

(被告)

請求の原因の認否と主張

1  請求の原因1ないし3の事実は認める。

2  同4の主張は争う。

1 その1及び2の主張について

引用例1には、ダイヤモンドとボラゾンが記載されており、被覆金属としとニツケルが第2番目に記載されているから、具体的例示がなくても、その組合せを実現するに足る十分な示唆がなされているということができる。

2 その3の主張について

本願発明の明細書(甲第3号証)の第4表は、多数の焼入れ鋼に対する酸化アルミニウム、ニツケル被覆ボラゾン及びニツケル被覆ダイヤモンドの研削比を比較したものであるが、ニツケル被覆ボラゾンとニツケル被覆ダイヤモンドとの比較では、ある種の材料に対する場合を除いては、ダイヤモンドに対するボラゾンの改良%は高々90%であつて、材料D―2の場合などはボラゾンはダイヤモンドの研削比を下廻ることが示されている。

また、右明細書に引用されている南アフリカ特許第67/2567号には、各種の金属で被覆したダイヤモンド研磨材を使用するレジノイド切削といしについて記載されており、無被覆ダイヤモンドによる研削といしと比較した研削比は37~280%とされている。これを本願発明の、ボラゾンにニツケル被覆を施したものと比較すると、ある種の格別顕著な例を除いて、第1表のASD―175が226%、第2表のR5091.100/120M2の場合が270%、同A2の場合が190%、第3表のFC928.60/80T―15の場合が165%及び3%であつて、ダイヤモンドに各種の被覆金属を施したものと比較して、本願発明のボラゾンにニツケル被覆を施したものは、同種の無被覆研削といしに対する改良%においても格別に顕著な差異は認められない。

3  その4の主張について

本願発明のようなレジノイド研削といしの成形法としての容積一定法は、引用例2の有無に拘らず、圧力一定法に対する成形法として、原告も認めるように、周知の事項である。そして、本願発明の研削といしの形成法として容積一定法を採用した格別の根拠は明細書中に何ら示されていないのであるから、引用例1に適用された圧力一定法に代えて容積一定法を採用することは、適宜なしうる事項というべきである。

第3証拠関係

原告は、甲第1号証ないし第7号証を提出し、被告は甲号各証の成立を認めた。

理由

1  請求の原因1ないし3の事実は当事者間に争いがない。

2  そこで、原告の主張する審決取消事由の存否について検討する。

取消事由1ないし3の主張について

本願発明が、研削といしの製造法に係るもので、研削材として窒化硼素(ボラゾン)に金属(ニツケル)被覆を施したものを樹脂により固結成形する工程よりなるものであること(請求の原因2、項)は当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第5号証によれば、引用例1に記載のものも、研削といしの製造法に係るもので、金属で被覆されたダイヤモンド又はボラゾンを研削粒子としてこれを樹脂により固結成形する工程よりなるものであることが認められる。

ところで、原告は、引用例1にはダイヤモンドとボラゾンが同列に挙げられてはいるものの、実質的技術の開示としては専らダイヤモンドのみに終始しており、ボラゾンについてその研削性能を向上させるための手段についての具体的開示は皆無であり、本願発明は顕著な作用効果を奏するものであるから、本願発明が引用例1の記載に基づいて容易に発明をすることができたものであるとする審決の判断は誤りであると主張する。

ボラゾンがダイヤモンドとは物理的、化学的に全く異なつた物質であり、ダイヤモンドに次ぐ硬さを有していることは当裁判所に顕著な事実である。

他方、前掲甲第5号証によれば、引用例1には、原料としてダイヤモンドとボラゾンとが並列的に使用できる旨が記載されているものの、ボラゾンについての研削性能を向上させるための手段についての具体的技術の開示は何も示されていないことが認められるから、引用例1の教示するところは、ボラゾンを研削粒子とする場合の効果(研削といしとしての特性)は、せいぜいダイヤモンドを用いる場合と同程度あるいはそれ以下(ボラゾンはダイヤモンドより硬さが劣るため)というにとどまると認めるのが相当である。

ところが、成立に争いのない甲第3号証(第6頁第4表)によれば、本願発明による研削といし、すなわち、ボラゾンにニツケル被覆を施し、容積一定法で固結成形した研削といしは、引用例1において効果がないとされている湿式研削で

材料

ニツケル被覆ボラゾンの研削比

ニツケル被覆ダイヤモンドの研削比

ダイヤモンドと比較したボラゾンの改良%

M―2

1030

85

1100

M―4

180

95

90

T―15

120

100

20

O―1

750

135

455

A―2

390

210

86

W―1

420

270

55

D―2

650

1000

-35

という顕著な効果を奏することが認められるのであつて、かかる効果の発生は前記引用例の教示するところを遙かに超えるもので、同引用例の記載から予測することはできないものである。

もつとも、右効果のうち、材料D―2の実施例では、ボラゾンの場合がダイヤモンドの場合よりも劣つているが、ダイヤモンドに較べて、すべての材料の場合に良好でなければ作用効果が顕著であるとすることは許されないというべきものではなく、実施された範囲内においてその大部分がダイヤモンドよりも優位の効果を顕著に示している以上、その作用効果は格別顕著であるというに妨げない。

そうすれば、引用例1には、本願発明の具体的構成は示唆されていないのであり、本願発明の奏する効果は右引用例に記載の効果に比して格別顕著なものがあるのであるから、本願発明は右引用例の記載に基づいて容易に推考できるものとすることはできないのであつて、これを肯定している審決の判断は誤りである。

3  よつて、本件審決の違法を理由にその取消を求める原告の本訴請求を正当として認容することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第7条及び民事訴訟法第89条の規定を適用して、主文のとおり判決する。

(石澤健 藤井俊彦 清野寛甫)

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